TAMAKI GAKUEN educational foundation
玉木家七代目官平(鶴亭)と妻ゲンの末娘として安政二年(1855年)長崎市築町に生まれたのが玉木女子学園の創立者 玉木リツ先生である。 リツ先生は小さい頃から、習字を父鶴亭に、裁縫を姉ユキに学び、千家裏茶道を若杉英清に、逸翁流生花を松尾陽四郎に学び茶花二道の奥旨を得た。 明治十七年(1884年)上長崎女児小学校の教員を拝命して勤務していた頃、上海へ遊学、かの地において、欧州列国婦人の教養と社会的地位の高さをつぶさに見聞するに至り 日本婦人の現状をかえりみて、その教育と地位向上の必要性を痛感。 帰国して女子実業教育に挺身することを決意。 そして研究が急務と考え、教職を辞し、明治二十一年(1888年)四月、単身東京に出た。 明治二十五年(1892年)四月、リツ先生は長崎に帰り、磨屋町に長崎裁縫女学校を創設。 これが長崎県における女子実業学校のはじまりであり、また、リツ先生が理想を現実にするための第一歩であり、今日の玉木学園の礎が築かれたことになるわけである。 リツ先生37歳の時であった。(高等女子学校が全国で27校しかなかった時代)。 リツ先生は近代日本が出発しようとする胎動期に生まれ、明治、大正、昭和の三代五十有余年にわたり、ひたすら女子実業教育に身を捧げ、多くの有能な子女を世に送り出してきたが 昭和十九年(1944年)二月四日、新生日本の出発前に90歳の長寿をもって輝かしい生涯を閉じた。
学園創立100周年記念事業の1つとして、長崎の町並みや港が見下ろされる風頭キャンパスに建設された施設です。創立者玉木リツ先生没後、第二代校長としてあとを継ぎ、戦後の混乱の中で中学校・高等学校長、短大学長、幼稚園長、そして玉木女子学園理事長という重責を果たし、学校規模の拡大、校舎の増築と玉木女子学園の発展にひたすら尽力してこられた玉木ますみ元理事長の功績を末永く称える意味を込めて「ますみ記念館」と名づけられました。
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